諸君らは、夢幻の美を信じるだろうか。現し世の夢の如き幽幻の美を。喩えでは無しに、一目で魂を奪われて仕舞う様な美を。
何時か、何処でかなぞは、今更説明する必要も有るまい。僕は確かに夢幻の美と邂逅を果たした。其れが何よりも大切な事柄なのだから。
美人画から抜け出した様な彼女は、常に夕暮れから宵にしか姿を見せず、返って其れが一層彼女の美しさを際立たせて居るようだった。
常に夜に溶け込むように黒い衣服を纏い、憂いを帯びた佇まいは、まるで此の世の全てに嫌気が差した僕に非道く似ている様で。無意識に思わず言葉を掛けて仕舞っていた。
「僕は厭世の病に取り憑かれて仕舞って居てね。もう、生きているのすら億劫なのだよ。見た所、君も同じような物に憑かれて仕舞ったのかい?」彼女は注意しないと気付かない程に僅かな驚きを見せたものの。僕の突然の不躾な問いかけに対して。
「病なのか、憑かれているのか。私には答える術も忘れて仕舞いました」そう言って溜め息と共に目を伏せると、暫く黙った後に。泣きそうな顔で。
独り言のように夜空を見上げ呟いたのでした。其れが、忘れたくとも忘れられぬ、最初の出遇いだったのです。
言葉を交わせた事に、すっかり舞い上がって仕舞った僕は、気付けば彼女との過ごす夜が待ちどうしくなり。彼女の仕草、物憂げな瞳が寝ても覚めても頭から離れなくなるのに、そう時間も掛からない有り様でした。
彼女は僕の問い掛けにに嫌な顔をするでも無く。ただ、「何故君は何時も口元を隠して居るのだい?」「私は怖いのです、常に人に内面を覗かれている様で。」「どうして君は夜にしか出歩かないのだい?」「茜色の夜明けは私には特別な刻なのです。」
「何か好きな物が有るなら、言ってごらん。別段僕はは裕福でもないが、相手をしてくれているお礼がしたいのだよ。」「私は、季節はずれの紅梅が咲く風景だけで充分なのです。」そう、僕には容量の得ない詩の様な言葉を。鈴を転がすような声で、凛とした出で立ちで返すのが。一層彼女の美しさを際立たせるばかりでした。
…そんなやり取りが幾夜も続いたある日、僕は遂にどうにも思いを抑える事が出来ず。「僕は初めに言った様に、既に現世にも飽きて仕舞った身だ。だから後悔しようとも、君を愛して仕舞った事を伝えようと思う。」そう、震える声を必死に抑えながらに恋情を告白したのです。彼女は一瞬驚いた顔をして。 拒絶に怯える僕に、初めて。
「では、明日の宵に花札の 芒に満月を御持ちになって、私の屋敷にいらして下さい。約束ですよ。」
そう、矢張り変わらぬ凛とした出で立ちで、はっきりと口にしたのでした。出逢ってから初めて、此方の目を見つめながらに。僕は、突然の申し出に。ただ。「では、明日の宵に必ず」 そうはっきりと答えるのが精一杯で、其れだけ返すと後は体裁も繕えずに、逃げるように帰路を走るのでした。早鐘のように騒ぐ脈動も、涅槃から逃げ切る手足の痙攣も全てはただ、恋慕に駆られた焦燥からに 一雫の夢幻の為に例え鎖に繋がれようとも優雅な 艶やかな水蜜桃の座敷牢を目指して。
美しい花には 茜色の蔦と釘の棘 何時だって例外は在る物ですから”在り得ない?”
「此処に、実在しているわ」
「女の業の深さ、甘く見た貴方が甘いのです」
~~余韻~~「何故 口元を隠すのか 最後だから教えてあげるわ」
「嘲りの笑みを 隠す為よ」暁に注ぐガランスの飛沫に 初めて私は美しいと見惚れる以外に自由は無く。気付いた時には既に、蔦に刺に裂かれた後だった。倒れた石畳に咲く僕は、まさに季節はずれの紅梅。
頬を伝う涙を隠さず、彼女は唄う様に呟く。「遅過ぎるけれど…本心から貴方を救ってあげたかっただけなの、此の 苦痛の泡沫から。謝らない代わりに、感謝も求めない。 …ただ、愛してくれたのだけは嬉しかったわ」
伝わらない唄は、夜明けと共に霧散する。誰も知らぬ侭に、散って逝く。
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